カドカワが創る新しいネットの高校

アドバイザリーボード

Advisory Board

N高の革新性のある取り組みを
専門的な目で分析し、今後の発展に活かす

時代の流れを汲み取りながら、最先端の教育機関として進化し続けるためには、幅広い視点での向上が欠かせません。N高等学校では、多彩な有識者で構成されるアドバイザリーボードを設置し、多角的に助言をいただきながらさらなる発展を目指しています。

アドバイザリーボードとは

N高等学校では、有識者を委員に迎えたアドバイザリーボードを設置し、本校の取り組みについて意見や助言をいただいています。具体的には、ネットを活用した新しい教育について専門的知見からの助言をいただくほか、本校が提供するアンケートや学習習熟度のデータを基に、本校の世界でも類を見ない革新的な取り組みについて研究していただき、その分析結果を広く開示するとともに、今後の展開に反映させていきます。

ボードメンバー紹介

上野 千鶴子

上野 千鶴子(社会学者/立命館大学 特別招聘教授)

立命館大学特別招聘教授。京都大学大学院社会学博士課程修了。1995年から2011年3月まで東京大学大学院人文社会系研究科教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護問題にも関わっている。1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞受賞。2012年度朝日賞受賞。著書:『老いる準備』(学陽書房)、『不惑のフェミニズム』(岩波現代新書)、『ケアの社会学』(太田出版)、『ナショナリズムとジェンダー』(岩波現代文庫)、『みんな「おひとりさま」』(青灯社)、『ニッポンが変わる、女が変える』(中央公論新社)、『上野千鶴子の選憲論』(集英社新書)など多数。

Message

N高って名前からしてあやしそうだし、ネットの高校って、ありえな〜いと思っていたけれど、認識を改めました。居場所をバーチュアルな空間に求めるひともいるし、ネットのなかにだって社会はある。何よりそれを必要として、楽しんでいる若者たちがいる…それだけで存在理由があります。世の中はオンラインとオフライン、両方の世界から成り立っています。どちらか一方だけで成り立っているわけではありません。ですから両方に通用するバイリンガルになってください。ネットもコミュニケーションもツール、大事なのは、どんな状況でも、生き抜くこと。出身校は?と聞かれて、「N高卒です」と誇りを持って言えるようになってもらいたいと思います。

斎藤 環

斎藤 環(精神科医/筑波大学 医学医療系 社会精神保健学 教授)

1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学専門群(環境生態学)卒業。医学博士。爽風会佐々木病院診療部長を経て、2013年4月から筑波大教授(社会精神保健学)。専門は青年期の精神病理学、病跡学、精神分析。著書に『文脈病』、『社会的ひきこもり』、『関係の化学としての文学』など。

Message

現代社会においては、残念ながら教育が格差の再生産に寄与してしまう側面がある。このままでは富裕層と貧困層の経済格差、さらにいえば文化資本の格差も開く一方である。本来教育は無償、もしくは可能な限り安価に提供されるのが理想であり、この点でN高校の理念は貴重なものである。また、幼児期からパソコンやスマホが身の回りにある環境で育ってきた子ども達にとって、IT環境はもはや空気のごときものである。現在の学校現場でことのほか遅れが際立っているのは、高度なITスキルに準拠したメディアリテラシー教育であるが、この点については、N高校はその強みを最大限に発揮できるであろう。ITとは単なる仮想空間などではない。それはまったく新しい「個」の追求と展開を可能にする「現実」のレイヤーのひとつだ。「協調性」と「指導文化」が依然として支配的な学校空間から遠く離れて、N高校は新時代の個人主義を、すなわち個人の自由と尊厳と平等とを重んずる空間であってほしい。リアルな学校空間で傷つき、自ら孤立を選ぶほかはなかった生徒にとっての、安全な待避場所であってほしい。そのような場所においてはじめて、「生徒個人が何かを発見することを支援する」という、ガリレオが提唱した教育の理念が実現可能になるであろう。

中室 牧子

中室 牧子(教育経済学者/慶應義塾大学総合政策学部 准教授)

慶應義塾大学総合政策学部准教授。1998年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA, Ph.D.)。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。日本銀行や世界銀行での実務経験がある。2013年から現職。教育再生実行会議等、政府の審議会で有識者委員を務めるほか、地方自治体の教育振興計画の改定にも携わる。

Message

特別支援教育、いじめや暴力行為、不登校、子どもの貧困、外国籍児童の増加など、現代の子どもらを取り巻く環境は、多様で複雑なものになってきていると感じることが少なくありません。「個」に適した指導を、とは言いながら、国や自治体の抱える巨額の財政赤字の影響もあり、教育に振り向けられる予算や資源は年々少なくなってきてもいます。このような状況下、最も求められるのは教育における「イノベーション」ではないでしょうか。これまでにない発想、人材、技術などを多用して、これまでとは異なる指導法、教材、コミュニケーションのあり方を模索することによって、予算や資源の制約を乗り越えながら、課題解決をはかっていく。私はN高校を、教育におけるイノベーションの旗手として期待しています。

宇野 常寛

宇野 常寛(評論家/「PLANETS」編集長)

著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『原子爆弾とジョーカーなき世界』(メディアファクトリー)、『楽器と武器だけが人を殺すことができる』(KADOKAWA/メディアファクトリー)、編著に『静かなる革命へのブループリント:この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)、『資本主義こそが究極の革命である:市場から社会を変えるイノベーターたち』(KADOKAWA/PLANETS)など。京都精華大学非常勤講師、立教大学兼任講師のほか、J-WAVE「THE HANGOUT」月曜ナビゲーター、日本テレビ「スッキリ!!」コメンテーターも務める。

Message

現代日本の学校が教えてくれることってなんでしょうか?「鈍感な振りをすること」「空気を読むこと」「考えることをやめること」――それは現代社会を生き抜くための処世術としては正しいのかもしれません。しかし、こんなことばかり教えていった結果この国はおかしくなってしまったのではないか。僕はそう考えています。そもそも僕はずっと、この国の教育はこうやって保身を図る人が得をする仕組みになっていると感じてきました。僕が評論家になろうと考えたきっかけのひとつが、クラスの真ん中で大笑いしていて、自分が人生の主役であることに疑いを持たないいわゆる「学校優等生」たちに、語るに値する中身を見出したことが一回もなく、どちらかと言えば隅っこで拗ねた目をしている人たちのほうがきちんと、深くものを考えていると感じることが圧倒的に多かったからです。でもこれっておかしいと思いませんか? 本当に才能をもち、本当にやる気のある生徒を「出る杭」として叩く。そんな学校の現場が多くある。そして、このN高校というプロジェクトに加担している大人たちの大半は、そんな学校という箱庭のあり方に疑問を持ってここに集まっている――僕はそう確信しています。

鈴木 翔

鈴木 翔(秋田大学 大学院工学資源学研究科 助教)

秋田大学大学院工学資源学研究科助教。現在、東京大学大学院教育学研究科博士課程にも在籍。群馬大学教育学部卒業。東京大学社会科学研究所学術支援専門職員なども歴任。専門は教育社会学。主な研究テーマは中高生の交友関係。2012年に出版された『教室内(スクール)カースト』はいじめの研究を参照しながら、学生や教師へのインタビュー調査を実施。教室を支配する「地位の差」をあぶりだし、生徒教師の実態に迫る一冊で、若手社会学者の中でも一目置かれる存在となっている。主著に『教室内(スクール)カースト 』(光文社・2012年)、『先生!』(共著、岩波書店、2013年)、『現代社会論――社会学で探る私たちの生き方』(共著、有斐閣、2015年)。

Message

多くの人は、学校にある種の息苦しさを感じた経験があるはずです。その息苦しさは、一時的なものであったりもしますが、恒常的で解決しがたいものだと感じる人もいます。その息苦しさの原因のひとつが、学校の人間関係です。勉強が嫌いなわけではないけど、学校特有の人間関係が無理、というわけです。学術的にも、日本の学校の人間関係は「閉鎖性」の高さと「協調性」の重視という2つの点に特徴があるとされてきました。自分で選んだわけではない、目的を共有しているわけでもないメンバーと「一定期間」「仲良く」学校生活を過ごさなければいけないことに息苦しさがあるということです。私はN高校の特徴は、「閉鎖性」が低いにもかかわらず「協調性」を高めることができることにあると思っています。N高校内のコミュニケーションの多くは、web上で行われるため、いつでも離脱可能ですし、たくさんのコミュニティが用意されているので、目的を共有する気の合う仲間とだけ、いくらでもコミュニケーションをとることができるからです。もちろん特有の課題もあることだとは思いますが、このかたちの「人間関係」に救われる人は、きっとたくさんいるはずです

古市 憲寿

古市 憲寿(社会学者)

若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目される。内閣府国家戦略室「フロンティア分科会」部会委員、「経済財政動向等についての集中点検会合」委員、内閣官房行政改革推進本部事務局「国・行政のあり方に関する懇談会」メンバー、「クールジャパン推進会議」委員などを歴任。日本学術振興会「育志賞」受賞。最新刊の『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。

Message

N高は画期的な教育機関だと思います。なぜなら、「学校に行くこと」の意味を、根源的に問い直すような施設だからです。これまで日本の大人たちは、高校・大学に進学する意味を、あまり真剣に考えてきませんでした。せいぜい「何となく就職に有利」くらいでしょうか。しかし今や10代でも起業やプロとしての創作活動が簡単にできてしまう時代。実際、たくさんの天才少年・少女が世間を騒がせています。たとえば彼らが「高校に行きたくない」と言ったときに、大人たちはどんな言葉を返すことができるでしょう。そんな中、「高校」を再定義し、実験の真っ最中にあるのがN高という場所だと思います。自分のペースで勉強ができ、専門科目や職業体験も充実している。東大を目指してもいいし、卒業前から即戦力として企業で働いてもいい。人生の試行錯誤に、ふさわしい場所です。もはや「いい学校に行けば、いい会社に入れ、いい人生が送れる」という昭和型の成功モデルが通用する時代ではありません。だけど、今でもこの古臭いモデルが大好きな人が多いんです。N高校が、古い日本を壊す突破口になることを期待しています。